札幌地方裁判所 昭和25年(ワ)154号 判決
原告 北友仁太郎
被告 国
一、主 文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
二、事 実
原告訴訟代理人は「被告は原告に対し金二十二万千二十円及びこれに対する昭和二十五年一月十六日以降完済に至る迄年六分の割合による金員を支拂え。訴訟費用は被告の負担とする」旨の判決を求め、その請求原因として、
原告は魚類の販賣業を営む商人であるが、昭和二十四年十一月一日訴外岩内郡漁業協同組合が訴外石栗與吉に対し、ちくわ製造原料の無頭生すけそう([魚底])三万貫を一貫匁六十円の割合で賣渡し、これを同日以降三ケ月の間に引渡し、代金は毎月末その月分の引渡量によつて精算する旨の契約の仲介をなしたところ、その後右協同組合は品不足の爲契約数量の引渡をなすことができなくなつたので、訴外<水>岩内水産物出荷組合の協力を求め同組合と共同して右数量に満つるまですけそうを賣渡すこととし且つ代金を一貫匁六十三円の割合とすることに契約を変更した。ところがその後すけそうが値上りしたので、昭和二十四年十一月一日その後の引渡品の價額を一貫匁八十円の割合に値上げすべく、原告は北海道網走市に居住する前記石栗に対し岩内郵便局より別紙記載の如き電報を発信し、これに対し同人より承諾する旨の返電があつたので、その旨を前記両組合に告げた。よつて右両組合は右價額の支拂を受け得るものと信じて、その後<水>岩内水産物出荷組合は五千四百六十貫、岩内郡漁業協同組合は一万六千六百四十二貫の引渡をなした。ところが一方前記石栗が網走郵便局から配達された電報には前記電報本文中「八〇」が「七〇」と誤つて記載されていたため一貫匁七十円の割合に値上げする申出と信じ前記承諾の返電をしたものであつた爲それ以上の値上げには應ぜず、前記数量に対するその差額合計二十二万千二十円の支拂を拒絶したので、原告は仲介人たる責任上やむなく右差額を前記各組合に支拂うこととした。そこで原告は昭和二十四年一月十六日北海道電気通信局長に対し右同額の損害賠償を求めたところ、同局長は右の誤びようを認めながら損害の賠償には應じられない旨の回答をなした。別紙記載の電報は照校電報として発信したものであつて、照校電報は送受信電報局間に於てその全部を反覆校正し過誤なきを期する特殊取扱電報であり普通電報料金の外特殊取扱料を徴しているに拘らず電文中最も重要な部分である数字を誤るが如きは取扱係員の重大な過失であり、国は原告がこれによつて被つた損害の賠償をなす義務があるものである。しかるに北海道電気通信局長は電信法第二十四條に電信の取扱に関しては政府は損害賠償の責に任じない旨の規定があることを理由として前記のとおり損害賠償を拒絶しているのであるが、右法律は憲法第十七條及び国家賠償法第二條以下の規定の精神に反し、その効力を有しないものである。よつて前記金額の損害賠償を求めるため本訴に及んだ。
と陳述した。<立証省略>
被告指定代理人は主文と同趣旨の判決を求め、答弁として、
原告主張の事実中、原告がその主張の如き商人であること、原告がその主張の日時に主張の如き電報を発信し、右電報本文中数字一八〇」が「七〇」と誤つて記載され着信人訴外石栗與吉に配達されたこと、右石栗より原告に対し原告主張の如き返電をなしたこと、原告が昭和二十五年一月十六日北海道電気通信局長に対し損害賠償の請求をなし、同局長はこれを拒絶する回答をなしたこと及び原告発信の電報が照校電報であつて、その取扱ならびに料金が原告主張のとおりであり、前記電文の誤びようは取扱係員の過失に基くものであることは認めるが、右過失が重大な過失であることは否認する。その余の事実は知らない。と述べ、抗弁として、
被告は電信法第二十四條の規定により本件損害賠償の義務がない。電信法第二十四條は「電信又は電話の取扱に関しては政府は損害賠償の責に任ぜず」と定めていて、電信又は電話の取扱者の故意又は過失によつて利用者が損害を被つても、国はその損害を賠償する義務を負わないものと定めているのであるから、電報取扱上の過誤によつて生じた本件損害はこれを賠償する義務はないのである。原告は電信法第二十四條の規定は憲法第十七條に違反するものであつて無効であると主張するが、右憲法の規定は国又は公共団体の不法行爲による一般賠償責任について、その基本原則を宣明したものであつて、国又は公共団体の具体的な賠償責任を定めたものではない。具体的な個々の案件に於て、国又は公共団体が賠償義務を負うか否か、又賠償義務を負うべきものであるとしても、その限度如何という問題は憲法の規定自体からは解決がつかないのであつて專ら法律の定めるところに從つて決定されなければならない問題である。このことは右規定を一読すれば明らかであるばかりでなく、実質的な面から考えてみても国又は公共団体の不法行爲は各種各様の場面に於て、それぞれ異つた態容に於て生ずるのであるから、これを一律に規定することは無理であつて、公権力の行使に当る公務員の不法行爲のように一般の原則に從つて賠償責任を認めることが合理的な場合もあり(国家賠償法第一條)、たとえば郵便物の亡失き損の場合のように書留郵便物についてはその賠償額を損害額の如何にかかわらず一件四百円と限定し、普通郵便物については損害賠償の義務を負わないというように国の賠償責任を全面的に否定することが社会公共の立場から必要な場合もある。すなわち賠償責任を免除することによつて、かえつて社会公共の利益が擁護され公共の福祉が確保されるというような関係がある場合には法律を以てこれを定めることは憲法の規定の意図するところに何等反するものではない。電気通信事業は国が社会公共の利益のため自ら管理経営する事業であつて、いわゆる公企業に属し何人も一定の手数料を支拂つてこれを利用することができるのであるが、現在の人的物的設備をもつてしては誤びようの絶無を期することは不可能であつて、その利用者から徴する手数料は事業の性質上極めて低廉たらざるを得ないに拘らず(照校電報については電報料の外照校料として電報料の二分の一を徴するがこれは照校に要する手数料であつて保險扱としての保險料的性質をもつものではない)賠償金として多額の支出を余儀なくされるときは、その結果は電信事業は経営不能になり、公共の利益は逆に大きく脅かされる。そこで電信事業を維持して、正常な機能を発揮させるためには法律上特別の規定を設けて、少くとも取扱上不可避的に発生する過誤による損害に対しては国に賠償責任がないこととしなければならない。電信法第二十四條の規定はこうした理由から設けられているのであつて、この規定が国の賠償責任を排除しているのは、まさに排除すべき充分な合理的理由があり、憲法第十七條に違反するものではない。又原告は電信法第二十四條の規定は国家賠償法第二條以下の規定に違反すると主張するが、元來電信事業は国の管理作用(非権力作用)に基いて国が経営するもので、権力作用とは関係がないし、道路、河川、その他公の目的に供用される営造物でもないから、国家賠償法第一條ないし第三條の規定は電信事業には適用がなく、從つて電信法第二十四條の規定が国家賠償法のこれらの規定に違反するかどうかという問題を生ずる余地はない。仮りに電信法第二十四條の規定が憲法第十七條の規定に違反し無効であるとしても、右條項はいわゆる附合契約の約款としての効力をもち、原告はそれを知ると知らざるとに拘らず当然これに拘束されるものであつて被告に損害賠償の義務はない。電信法に定められている利用條件は一面法令たるの効力を有すると同時に他面附合契約の約款たる性質をもつているものであるが、右法令たる面が無効であれば国の賠償責任は民法の規定するところによるべく、民法に於ては過失による賠償責任を免除する合意は有効なのであるから電信法第二十四條の規定は少くとも過失責任を免除する限度に於て附合契約の約款としての効力をもちうる筈である。又本件電報取扱上の過誤と原告主張の損害との間には因果関係がないから被告に損害賠償の責任がない。右過誤によつて一貫匁八十円の契約が成立しているとすれば訴外石栗は訴外各組合に対し右契約に基く代金を支拂う義務があり、賣買契約が單價の相違から要素の錯誤により無効であるか又は一貫匁七十円の割合で契約が成立しているとすれば損害の被むるのは訴外各組合であつて、いずれにあつても原告は損害を被むる筈はない。にも拘らず原告が二十二万千二十円を右組合に支拂つたとすればそれは法律上の義務なくして任意に支拂つたことになるので、そのような損害まで被告が賠償しなければならない理由はない。又次に本件損害はいわゆる特別事情に因る損害であつて、電報取扱者はこれを予見しなかつたし、予見し得べくもなかつたのであるから、被告に損害賠償の義務はない。電報取扱者は機械的に送信するのであつて、電文の内容自体については関心をもち得ないのが通常であるばかりでなく、本件電報に於ては電文には單に「八〇」と表示されているのみで、契約内容について数量の表示もなければ代金総額の表示もなかつたのであるから、電報取扱者において損害発生の特別事情を予見しなかつたのは勿論、予見できる事情にもなかつたことは経験則上明らかなところである。と陳述した。<立証省略>
三、理 由
電報の取扱に関する国の損害賠償の責任については電信法第二十四條に「電信又は電話の取扱に関しては政府は損害賠償の責に任ぜず」と規定しているところであつて、この規定が現在効力を存するとするならば原告主張の事実が全部認められるとしても被告に本件損害賠償の義務がないこととなる。よつてまずこの点から考えてみることとする。
まず第一に右電信法の規定は憲法施行前に制定せられたものであるが、憲法第十七條は「何人も公務員の不法行爲により、損害を受けたときは、法律の定めるところにより、国又は公共団体にその賠償を求めることができる」と規定するので、憲法は国又は公共団体の賠償責任を認めたのであるから、法律によつてこれを排除するのは憲法違反であつて、右法律の規定は効力を有しないのではないかとの疑があろう。しかしながらこの憲法の規定は從來国又は公共団体の不法行爲に基く損害賠償責任について一般的な規定を欠いていたため、学説判例が多岐に分れ、実際上被害者の救済に欠けるところが多かつたので、国又は公共団体の不法行爲による賠償責任一般についてその基本原則を宣明したものであつて、その賠償をなすべき場合とその要件、限度等については総て法律の定めるところによることとし、法律によつて具体的な各個の場合に應じて合理的な賠償制度を定め得ることとしているのであつて、法律により賠償責任の排除を定めることが必らずしも違憲であるということはできない。すなわち特殊な国家事業にあつては被害者の救済を犠牲にしてもなお社会公共の利益の追究に急がねばならぬ場合があるからである。電信事業は国が社会公共の利益のため自ら管理経営する事業であつて、現在の人的物的條件にあつては電報の誤びようの発生は不可避であるにかかわらず、その性質上尨大な数字を迅速に且つ低廉に取扱わねばならぬものであるから、誤びようの結果生ずる損害に対して一々賠償するときは賠償金として多額の支出を余儀なくされることとなり、その結果は事業は経営不能になり、公共の利益が逆に大きく脅かされることとなる。そこで電信事業を維持して正常な機能を発揮させるためには、少くとも取扱上不可避的に発生する過誤による損害に対しては国に賠償責任がないこととしなければならない。電信法第二十四條の規定は、こうした理由から設けられているのであつて、同條が国の賠償責任を排除しているのは、まさに排除すべき充分な合理的理由があり、憲法第十七條に違反するものではなく、現在でもなお法律として有効なものといわなければならない。次に原告は右電信法の規定は国家賠償法第二條以下の規定に反すると主張するが、電信事業の利用関係は前記の如く公企業の利用であつて国と利用者との関係は私経済的(非権力的)関係であり、電報の取扱によつて生ずる損害は道路、河川その他の営造物の設置又は管理に瑕疵があつたため生ずる損害ということはできないから電信法第二十四條の規定は国家賠償法第一條ないし第三條に牴触するものではない。しからば被告が電報の取扱に関して係員の過失により過誤をなし、これによつて原告が損害を受けたとするも、被告は電信法第二十四條によりその損害を賠償する義務はないものであるから、爾余の爭点について判断するまでもなく原告の本訴請求は理由なく失当たるを免れない。よつてこれを棄却し、訴訟費用につき民事訴訟法第八十九條を適用し主文のとおり判決する。
(裁判官 斎藤敏之 矢吹幸太郎 石沢健)